(四季彩・一力)
文治5年(1189年)源頼朝の奥州征伐後、安積郡の領主となった伊東氏は、出身地の伊豆をしのんでこの地に |
日時:平成17年11月5日(土)〜6日(日) |
11月5日(土) 午前11時(集合出発)タクシー3台〜上野駅(発、午後0時22分・東北新幹線やまびこ53号)〜郡山駅(乗換・ 常磐西線=各駅停車)〜磐梯熱海駅(ホテル送迎車)〜四季彩・一力(宿泊) 11月6日(日) 午前10時(四季彩・一力)出発〜大型タクシー1台〜県道24号〜五色沼(毘沙門沼他散策)〜桧原湖(昼食・ 見物)〜野口英世記念館(見学)〜猪苗代駅(常磐西線・快速)〜郡山駅(東北新幹線Maxやまびこ118号)〜 上野駅(着、午後5時18分)〜タクシー3台〜到着 |
(四季彩・一力)
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今朝は快晴で絶好の旅行日和だった。出発時間には大分余裕があったので、自転車に乗って、130周年記念日を迎えたという第三吾嬬小学校のパレードがあるというので正門前まで行ってみたが、早過ぎて校庭には誰の姿も見えなかったが前日から用意したのか思い思いの神輿が学年別に並べられていた。時間つぶしにはなみずき通り、水戸街道、明治通りと一周して戻るとかん高い生徒の声が響き渡っていた。時間も気がかりだったが待つ事にしたが始まる気配はなかったので家に戻りお茶を飲んで、一息入れて静かにしていると迎えの声がしたので、あわてて飛び出し集合場所からタクシーに乗り込んで、JR上野駅へ向かい30分もしない内に到着。
駅構内の”Hard Rock CAFE UYENO-EKI
TOKYO”で時間待ちのため、コーヒーやビールを飲んでいる間に幹事二人は駅の売店でお弁当、缶ビール、つまみと二人で両手一杯にぶら下げ汗だくだくで帰ってきた。休む暇もなく改札、地下のホームへとエスカレーターに乗りホーム着き10分も待つと東京駅発の”やまびこ53号”が入線してきた。車内は上野で乗車した客で満席だった。席に座る間もない内に気が付くと発車していた。
早速買い込んできた飲食物を開き、弁当、ビール、冷酒とお決まりの賑やかさ、指定席だったため3人がけの席に1人の外人のお客さんと隣り合わせになったが郡山まで騒ぎまくってしまい申し訳なかったと反省していますでは遅いけど。
ここで乗換、磐梯熱海までは鈍行列車、新幹線のホームからエスカレーターで下に下り在来線ホームに行くと電車は止まっていた。この電車に乗っていいのかちょっと不安だったので車掌だと思って尋ねると間違いないといわれた人は運転手だった。同駅発の電車が30分も前だというのに停車していた。
実に速い上野を午後0時22分発(定刻)で午後1時35分(定刻)郡山だ。正味1時間13分、大宮、宇都宮の二駅しか止まらないとはいえ、磐梯熱海駅までも16分しかからなかった。3時前には今日の宿”四季彩 一力”に到着していた。
早速ホテルの浴衣に着替えたが、どれも長くて引き摺るような長さのものばかりだったので短い丈のに変えてもらわないとだめだった。170p以上の背丈がなければ着れないもでは、160pそこそこのものにはズングリ太っていても横幅だけではまかないきれない。
お茶を飲み、”ゆべし”のお茶受けを口に入れていると、ホテルの従業員が来て一通りの説明を受けたが、わがグループの担当員は、ホテルで本日の結納儀の手伝いが終了しておらず、まだ30分ぐらいかかるとのこと終わり次第駆けつけるとの伝言。
早速大浴場へ出掛けた。部屋の正反対にあり2階に下り廊下を延々と歩いて着くと”山ぼうし”(女大浴場)と書いた看板があったが、男で一杯だったのでそのまま今日もあくる日も入浴した。浴室は露天風呂を含めて3種類あった。湯船は水のように温いのと、通常ののと、露天風呂があった。温いのはとても入っていられない厳しい温泉だった。入っていたら体温が下がってしまいそうに感じてあわてて通常の熱さの方へ駆け込んで体が温まってから、徐に大好きな露天風呂に浸かり、鋭気を養い部屋に帰ると、担当の中居さんが入れ代わりに帰った後だと聞かされた。
宴会は会長の挨拶、乾杯と進み担当の中居さんの給仕と頼んであったコンパニオンが3人入りカラオケとダンスで時間一杯楽しみ、後は部屋で冷蔵庫のビールやもって来た焼酎、ブランディを空っぽにして風呂に入って寝てしまった。大分寝たような気がしたが時計を見ると2時だった。二人の激論に目が覚めたがしばらく耳に入っていたが睡魔には勝てず、寝入ってしまった。朝7時過ぎに起こされるまでグッスリ寝入っていた。
朝食が7時半からということで朝風呂には入れず食事の後に入った。食後は時間が2時間もあるということで部屋から庭を眺めたり、目を覚ますもとになった話の続きや2人だと思っていたら3人であったといわれたが、一人は3時まで、2人は5時まで起きていたという。なんとも元気な60代だと感心するやら呆れるやら。
午前10時には予約してあった会津交通のジャンボタクシーが正面玄関に横付けになっていた。ホテルの男女の従業員、担当の彼女に見送られて出発した。季節柄諦めていた紅葉も期待できるということなので、ドライバーにコース一任で飲みながらの駄弁り母成道路から高森有料道路を進むと”母成古戦場跡”で一息入れ、さすが暖かく感じていた体も風に吹かれると寒さを感じ車の中へ戻った。
ところだった。紅葉見物の時期としては例年だったらとうに落ち葉になっているはずなのに暖かい天候が幸いして絶好のコンデションだった。
中津川渓谷探勝路と案内板があり、所要時間10分に釣られて丸太で組まれた間に土で埋めた階段が規則正しく並んでいて歩き易かった
が、少し間隔があいているように思ったが、帰りの登りには丁度いい感覚だった。沢まで下りてみると冷たい冷たい水が岩をかき分けて勢い
よく流れて橋の方へくだっていた。所要時間は15分かかった。登りは10分。これって何だろう?
中津川渓谷を後にして、見通しの利く所に出てきた。左に秋元湖、前に小野川湖、その先に桧原湖が遥か先に見える数台が止められる木
柱に秋元湖パラダイスと書かれた駐車場に止まり、一気に有料道路を駆け下り、五色沼の横を通り桧原湖湖畔に着いた。吹く風は一段と冷
たく陽もかげっているせいか武者震いさえ起きた。
昼食場所は、来た道を少し戻った”永峰”で、ドライバー推薦の蕎麦の美味しいといわれる店で、鴨なんばん蕎麦を全員で食べたが一人前
金750円
で厚めのカモ肉が5切れ入っていてなるほどといえる美味だった。
先程横目で通り過ぎた五色沼にやってきた。今日回った中で一番の賑わいだった。駐車場も満杯で右往左往の人ひとで、ぶつかりながらで
沼の岸までたどりついた。大きなコイと鴨が投げ入れられる餌の取り合いをして、客を楽しませていた。コイが多いせいか6・4でコイが優勢だ。
コイといえばよく慣れていて、我々が口元に触っても平気で触らせていた。
前回来た時は、桧原湖の方から徒歩で五色沼探勝路を闊歩したが、時間がなかったので沼の畔を散策して岐路に着いた。国道115号線で
長瀬川を右に左に見ながら猪苗代湖駅までやってきたが、もう列車に乗る時間になっていた。予約の切符を各々が持って改札を通ると、ホー
ムは乗車口の印に合わせて2列に長く並んでいた。
列車が入線すると降りる人は一人もいなく座席も空いておらず、郡山駅までの40分弱を立ったままだった。列車は思いの外横揺れが激しく
最近ではこんなに揺れる電車には乗ったことがないほど終止ヨロヨロ揉まれてしまい疲れは一段と感じた。
新幹線”Maxやまびこ118号”だが、時間に余裕があり待合室で馬鹿話に花が咲きあっという間に時間になり、エスカレーターでホームに
上がり、すこし待つ間に轟音と共に通過列車が駆け抜けていったが、思わず吸い込まれそうな気がするほど凄まじい衝撃だった。5分もする
とゆっくり列車
は進行してきた。
列車は上下2段になっており、下段に乗り合わせたが昨日と同じく座席指定だったが満席の上、連絡階段には座れなかった乗客が階段に
座るという混み様で、行楽シーズンとはいえたいした活力だと感心させられた。そんな中でも、1時間少々の間飲むしか当てのない御仁には
短すぎるくらいで、宇都宮辺りまで来るとあたりも暗くなりそして小雨も振り出していた。
大宮辺りまで来ると完全に本降りで窓のガラスに斜めに滴が流れていた。流石にこの辺に来ると町明かりと高層ビルの窓明かりが何層にも
波打って見え、そのまま降車駅上野に到着。濡れながら浅草通りを横切りアメヤ横丁の”松ずみ”で夕食兼呑み会をしてタクシー3台に分乗し
て八広に帰ってきた。
郡山市 (面積:757.06ku・人口:339,437人;2005年9月1日)
市の木 |
ヤマザクラ |
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新芽から展開しかけの若い葉の色は特に変異が大きく、 赤紫色、褐色、黄緑色、緑色などがあり、裏面が白色を帯びる。 花弁は5枚で、色は一般的に白色、淡紅色だが、淡紅紫色や 先端の色が濃いものなど変化も見られる。 樹皮は暗褐色または暗灰色。花弁は5枚、楕円形で先端は凹 型、色は白色、淡紅色など様々で、先端がやや濃いものもある。 |
市の花 |
ハナカツミ |
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安積山の山ノ井清水(やまのいしみず)に伝わる奈良時代の 采女伝説(うねめでんせつ)は、春になると采女が身を投げた 清水のまわりに咲き乱れ、薄紫色の可憐な花がハナカツミ であると伝えています。「花の色はさながら菖蒲のごとし、 葉ははやく繁りて、其末四面に垂れ、尋常のあやめなどの 生えた姿に似つかず。」 長い間、幻の花だったハナカツミですが、地元の郡山市は 昭和49年(1974年)、アヤメ科のヒメシャガを「ハナカツミ」 とみなした。 |
市の鳥 |
カッコウ |
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カッコウのヒナは短期間(10〜12日程度)で孵化し、巣の持ち 主のヒナより早く生まれることが多い。先に生まれたカッコウの ヒナは巣の持ち主の卵を巣の外に放り出してしまい、自分だけ を育てさせる。 さびれたさまのことを「閑古鳥が鳴く」というが、この閑古鳥とは カッコウのことである。古来、日本人はカッコウの鳴き声に物寂 しさを感じてたようであり、松尾芭蕉の句にも、「憂きわれをさび しがらせよ閑古鳥」というものがある。 |
県内で最も高いビルであり、郡山の新しいシンボルとしてそびえる『ビッグアイ』を仰ぎながら、多くの市民が行き交う郡山駅西口駅前広場。ここは第一種市街地再開発事業で整備された広場とてしては<国内最大級>の広さを誇るもので、緑の木々が風に揺れ、水のせせらぎが耳に届く穏やかな風景。市街地の最も中心地にありながら、やすらぎとゆとりをもたらすこの憩いの空間は、時を越えて長く愛され続けていくことだろう。
太平洋戦争での空襲によって壊滅的な被害を被った郡山市。しかし将来の発展を見越した復興計画によって、新しい郡山市が生まれることになりました。昭和30年代には高度成長期を迎えて産業が発展。昭和40年には合併によって、仙台市に次ぐ東北第2位の人口を誇る大都市となったのです。
昭和30年代には「百万都市」づくりの構想を打ち出し、昭和39年に常磐・郡山地区新産業都市の指定を国から受けるまでに成長しています。
昭和40年5月、郡山市は周辺の5町5村と合併。同年8月に2村が編入合併し、ここに東北では仙台市に次ぐ人口23万人を有する大都市が誕生しました。
昭和40年代後半から50年代にかけて、東北自動車道は郡山−白河間、郡山−白石間が開通。さらに昭和57年には東北新幹線の大宮−盛岡間が開通し、瞬く間に高速交通時代を迎えることになりました。この交通体系によって商業圏は首都圏まで拡大。東北有数の大都市としての地位を確立していきました。
そして平成9年、郡山市は東北地方で初めて中核市へ移行。地方自治体として新しい歴史を踏み出したのです。
きんつば |
薄皮饅頭 |
家伝ゆべし![]() |
ママドール![]() |
張子人形![]() |
張子面![]() |
三春駒![]() |
磐梯熱海駅
駅構造
*[プラットホーム]/相対式ホーム/1面1線、/島式ホーム/1面2線の計2面3線であるが、3番線はまったく使用されていない。実質的には対向式ホームと同じである。
*[直営駅]であり、/みどりの窓口]も設置されている。
*[駅舎]はなだらかな三角屋根をもつコンクリート平屋のもの。
*[駅舎]の中に/自動券売機]が一台設置されている。
春夏秋冬
春はサクラを始めさまざまな色の花をご観け ます。また風薫る中、眩しい緑に囲まれてのトレッキン グやカヤック、乗馬など自然を楽しみながらのスポーツ が心地よい季節です。果物ではさくらんぼが収穫期を 迎えますので、採りたての味を楽しめる。 ●旬の味覚 山菜(ふきのとう・わらび・ぜんまい・しどけ うど・たらの芽・こご芽・地竹・どうほい・その他) |
夏は果物王国と呼ばれる福島を代表する味覚、モモ を楽しめる季節です。自分で採ったモモをその場で食 べる産地ならではの醍醐味を味わってください。暑さ を忘れる真っ青な水の中での湖水浴やウォータース ポーツ、爽快な風に乗ってのパラグライダーもお楽し みになれます。夜には豊かな自然に恵まれた中で、 満天の星空や蛍を観賞できる。 ●旬の味覚 もも・ハヤ・鯉・鮒・鮎・山女魚・岩魚 |
秋になると福島の山々は見事に真っ赤染まり、見て いるだけで心を和ませてくれます。そして、紅葉の季節 は収穫の季節でもあります。自然豊かなこの土地では、 さまざまな作物が旬の時期を迎え、キノコなどの山菜 摘みはもちろんのことぶどうやなしの果物狩りも楽しめ ます。また、福島はそばの産地としても有名で、この 時期、美味しい新そばを食することが出来るとともに、 そば打ち体験なども楽しめます。 ●旬の味覚 梨・りんご・ぶどう・クリ・柿・松茸・ハツタケ・しめじ・そば |
冬になると白鳥ヶ浜や五色沼に優美な白鳥の群れが 飛来してきます。大きくはばたく真っ白な姿は優美なも のです。また、スキーやスノーボードのウインタースポ ーツはもちろんのこと、冬の食は福島名物の喜多方ラ ーメンや秋から冬にかけて仕込まれた新酒の日本酒 が楽しめる季節でもあります。酒蔵の製造過見学もで きるので、行ってみよう。 ●旬の味覚 地酒・鯉・どじょう・しみどうふ・湯どうふ・甘酒・鍋物 |
福島県のほぼ中央に位置する猪苗代湖は大きさは全国第4位、透明度では全国第3位を誇る福島県を代表する観光スポットであり夏はウォータースポーツやキャンプなどアウトドアに冬はスキー、スノーボードなど春夏秋冬を通して若者から家族連れまで楽しめる。
宝の山として全国に知られる会津磐梯山は、大磐梯、櫛ヶ峰、赤埴山の3峰からなる。明治21年の大噴火によって、せきとめられた湖や沼でできた磐梯高原は裏磐梯として知られ、日本では数少ない
森と湖の高原
として、多くの観光客、レジャー客で年中賑わっている。
伝記などで一度は読んだり聞いたことがあると思いますが福島が生んだ世界的医学者、細菌学者
野口英世の記念館が国道49号線沿いにある。記念館内は英世の生まれた部屋や火傷を負った囲炉裏など当時のまま保存され、また、展示室にはシカが英世に送った手紙など数多くの遺品が展示してある。
今から約100年前、磐梯山の噴火によって生まれた磐梯高原。大小200余りの湖沼群が点在する、水と緑の美しい高原です。野鳥の宝庫としても知られ、遊歩道を散策しながら自然観察を楽しむ人の姿も少ない。
猪苗代湖側を表磐梯、桧原湖側を裏磐梯と呼び、優雅で名山の風格をかもし出している。民謡「会津磐梯山」は、会津の人達の親密さを物語っている。
◎君をのみ しのぶの里へ ゆくものを あひずの山の はるけきやなぞ
後撰和歌集 藤原滋幹女
◎さざ波や 打ち出の浜に 出し月を 会津の海に うつしてぞ見る
吉川 惟足
エイーヤー ことしゃ豊年(ほうねん) 穂(ほ)に穂が咲いて 道の小草(こぐさ)も エーまた米がなる スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
エイーヤー 会津磐梯山(は 宝の山よ 笹に黄金(こがね)が エーまた なりさがる スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
小原庄助さん なんで身上(しんしょう) つぶした朝寝(あさね) 朝酒 朝湯(あさゆ)が大好きで それで身上つぶした もっともだ もっともだ |
エいーヤー 会津盆地の 緑の夏よ 風もほがらに エーマタ鶴ケ城 スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
エイヤー 会津磐梯山は 宝の コラ 山よ 笹(ささ)に黄金(こがね)が エーマタ なり下がる スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
エイヤー 東山から 日日(ひにち)の コラ 便り 行かざなるまい エーマタ 顔見せに スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
エイヤー 主(ぬし)が唄えば 踊りが コラ しまる やぐら太鼓(だいこ)の エーマタ 音(ね)もしまる スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
エイヤー 会津盆地の みどりの コラ 夏よ 風もほがらに エーマタ 鶴ケ城(つるがじょう) スッチョイ スッチョイ スッチョイナー |
小原庄助さん
湯を愛し、酒を愛した小原庄助さん、小言にこだわることなく、「利」に生きず「義」に生きる。そんな庄助さんのイメージは日本男子の憧れであることは間違いありません。会津でもっとも有名な人物といえば小原庄助さんではないでしょうか?『朝寝、朝湯が大好きで、それで身上つぶした。あ〜もっともだぁ、もっともだ』の唄の文句を知らない人はいないでしょう。 「朝もよし 昼もまたよし 夜もよし 食前食後 その間もよし」、めっぽう酒が強く、大の風呂好き、豪放磊落で明るく多くの人に愛されたイメージは、唄の文句にピッタリです。
磐梯山は2000年の8月15日には、400回を超える微小地震が発生しました。 このため、気象庁から臨時火山情報が出されて、警戒を呼びかけました。この地震活 動は次第に収まって、現在は静穏に戻っている。
磐梯山は明治21年に噴火をして、小磐梯山が崩壊し、死者461をだしたことから
もわかるように活火山です。日本にある20の活動的な活火山のひとつで、気象庁な
どで火山のようすを常に監視している。
火山は地下のマグマが上昇すると、噴火活動をして、溶岩、火砕流、火山弾、火山灰
などを火口のまわりに噴出させます。これが長い期間くり返されると、噴出したもの
が火口を中心に積み重なっていって、円錐形の成層火山として成長していきます。磐
梯山は今から90万年前から噴火を開始して、活動をくり返して、現在のような成層
火山に成長しました。
成長した火山は、地下のマグマの活動が衰えると、マグマを地表に噴出せずに、水蒸
気などの噴気だけが出ることが多くなります。そうした時期になって、地下にたまっ
たガスが突然放出すると、爆発性が強い大規模水蒸気爆発となって、火山の山体が大
崩壊したりします。磐梯山の明治21年の噴火はこうした活動でした。
磐梯山は現在もなお活動している火山で、明治21年(1888)の大爆発は世界各国の注目を浴びたと言う。のちにこの爆発を「磐梯式噴火」として一つの型となった水蒸気爆発だそうだ。この爆発は、主峰と同じような標高をもつ小磐梯山を吹き飛ばすほどの凄まじい爆発となったようです。
左側の高い山体が大磐梯山で、これが現在の磐梯山の主峰(1819m)である。その右側が小磐梯山(1,760m)だ。この小磐梯山が「水蒸気爆発」は、火山灰の噴煙を噴火当初1,300mほどに立上げ、山麓は降ってきた火山灰で一時真っ暗になった。崩壊し、粉砕された大小の岩石を含んだ土石流(岩屑なだれ)が山麓の村々を襲った。この噴火で被害を引き起こした中心が、この岩屑なだれである。そして細野、雄子沢、秋元原の集落があっという間に埋没した。岩屑なだれは長瀬川に沿って流下、水を含んで泥流となり、磐梯山東麓の川上温泉長坂を襲った。
裏磐梯
![]() じゅんさい摘み 初夏の風物詩、じゅんさい摘みです。 じゅんさいは水草の一種で新葉を食 べます。 ぬめりのあるのが特徴です。昔は沼に 自然に生えていたのですが、魚に食べ られてしまい、現在は栽培している。 |
き止められてできた湖です。南北に細長く、10.7 面積は 桧原湖。磐梯山の噴火により、泥流が谷をふさいで自然 に、できた湖で湖岸線は複雑にいりくんでいるのが特徴。 湖には50もの大小様々な島が浮かんでいる。南岸には 遊覧船のやボード乗り場などもあり、水遊びに興じる人 々でにぎわう。冬はワカサギ釣りと遊びの名所としても 名高い。 |
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(吾湖) |
で一番深いのがこの秋元湖。中津川と大倉川をせきとめ てできた湖です。周囲20km、最大深度33m。裏磐梯三 湖の中で二番目に大きく、一番深い湖。安達太良連峰の 彼方から昇る朝日は、浮島の美しい秋元湖の朝を四季 折々に演出し、秋の紅葉もとても美しい。 |
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赤沼(磐梯山の噴火口にある沼、五色沼の源水と言わ れている)、みどろ沼、青沼、るり沼など点在する約50も の湖沼の総称が五色沼。各湖沼ごとに違った表情をみ せる。緑青色の毘沙門(びしゃもん)沼、緑色の弥六(み ろく)沼、白色を帯びた青色の水面を見せる瑠璃(るり) 沼のほか、みどろ沼、弁天沼(五色沼湖沼群の中ほど にある沼で岸近くに立つこの木はヤナギの仲間。訪れる 人々を魅了するポイントの一つ)がある。10あまりの湖 沼を結んだ五色沼自然探勝路が整備されている。 |
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小野川湖 |
周囲10km。裏磐梯三湖中で最も小さな湖。朝日 、夕日で見る湖面が美しい。北から小野川湖に注 ぐ小野川は、環境庁の名水100選の一つで、その 源流には落差20mの雄大な不動滝も見られる。 |
磐梯有料道路
1・
安達太良連峰西南のふもとを走り、郡山市磐梯熱海温泉と猪苗代町中の沢温泉を結ぶ10.6kmの高原道路。南側石筵牧場ののどかな光景から北側沼尻高原のパノラマにいたるまで、心地よい緑がひろびろと展開していて、気分を和ませてくれる。「あやめ園」・安達太良登山道に沿った名瀑「銚子ヶ滝」・母成峠の「戊辰の役古戦場」なども楽しみのポイント。
大型車(U) | 大型車(T) | 普通車 | 軽自動車 | 軽車両 | 所要時間約20分 |
2,580円 | 1,130円 | 720円 | 520円 | 70円 |
大型車(T) | 大型車(U) | 普通車 | 軽自動車 | 軽車両 | 所要時間約20分 |
3,290円 | 1,440円 | 920円 | 620円 | 90円 |
3・
磐梯高原・檜原湖の南から磐梯山西側の中腹を走り、磐梯町と結ぶ17.6km。途中、磐梯山噴火口も間近に垣間見れる。その荒々しい絶壁は、いやでも爆発の凄さを想像させる。中間地点の八方台は、磐梯山頂および北西の猫魔ヶ岳・雄国沼方面への登山口となっており、登山者も多い。広大な猪苗代湖の眺めや落葉樹海の四季の色も、このラインの見どころ。
大型車(U) | 大型車(T | 普通車 | 軽自動車 | 軽車両 | 所要時間約30分 |
2,580円 | 1,130円 | 720円 | 520円 | 70円 |
4・
福島市西方の高湯温泉から土湯峠まで、延長28.8km。磐梯朝日国立公園の吾妻連峰を縫って、平均1,350m・最高1,622mの高山を走る。沿線には作家井上靖の命名による吾妻八景の展望ポイントとともに、一切経・吾妻小富士の火山群、噴火口の跡の桶沼、高山植物特別保護区・浄土平の湿原などがあり、季節の色彩とともに大自然の営みを満喫させてくれる。
大型車(U) | 大型車(T) | 普通車 | 軽自動車 | 軽車両 | 所要時間約45分 |
5,460円 | 2,370円 | 1540円 | 1130円 | 150円 | |
※磐梯吾妻スカイラインの浄土平駐車場は有料です。 観光バス 1,400円 マイクロバス700円 普通車・軽自動車 350円 軽車両等100円 |
5・
磐梯高原檜原湖北岸と山形県白布高湯温泉を結ぶ17.8km。会津地方の楽しみと山形県米沢市の楽しみを結ぶ最短コースでもある。白布峠から眺望する磐梯高原、米沢側では最上側源流の「赤滝・黒滝」の瀑布や渓谷美、そして吾妻連峰の最奥部を行く道ならではの濃密な自然の気配などが、スカイバレーならではの魅力。新緑や紅葉の鮮やかさも特筆に価する。
大型車(U) | 大型車(T) | 普通車 | 軽自動車 | 軽車両 | 所要時間約30分 |
3,920円 | 1,440円 | 920円 | 620円 | 90円 |
国道49号線((越後街道))
いわき市平を起点として阿武隈山地を北西に向かって越え、中通り(県中)郡山市
を経て 猪苗代湖北岸・ 会津若待市へと至り、西会津町 からは阿賀川に沿って新潟県に入り新潟市まで、総延長237kmにおよぶ横断国道です。福島県の3地方(
浜通り・中通り(県中)・会津地方、10市町村を一本で結ぶ道として、観光的にも産業経済的にも、長い間重要な交通手段としての役割を担ってきました。阿武隈山地越えの部分で夏井川渓谷県立自然公園(いわき市)・阿武隈高原中部県立自然公園(各町村)への進入口を提供し、磐梯朝日国立公園内となる
会津地区
に入ってからは観光幹線の様相を濃くし、新潟県へと抜ける阿賀川沿線部は、只見柳津県立自然公園内を走ります。
磐梯高原のある福島県会津地方は、国内有数のそばの産地。中でも猪苗代町は、本州一のそばの生産量を誇るそばどころ。新そばの収穫期を迎える10月下旬か11月上旬にかけては、会津地方のそこここで新そば祭が催され、磐梯山のおしいい水と、挽きたてのそば粉100%で打った、本物のそばを味わうチャンス。
県道24号線
「磐梯熱海から県民の森(フォレストパークあだたら)を経由して土湯に抜ける周辺林道群」。途中福島県最大のキャンプ場「フォレストパークあだたら」があり、温泉が4つもある。
紅葉と落葉
北国から紅葉の便りが聞かれるようになると、紅葉前線が話題に上るようになり、気象庁の生物気象観測の対象樹は、赤く色づくイタヤカエデ。観測にあたっては、樹木全体を眺めて葉の大部分が赤色に変わり、緑がほとんど認められなくなった最初の日を紅葉日としています。このころはまた、気温も気にかかり出します。最低気温が8度以下になると色づき始め、5度前後になると促進されるようになるからです。
昼間の時間が夜よりも短くなるようになると葉は活動をあきらめ、気温がさがり出すと、葉の付け根と枝の間に離層という特別な細胞ができて、それが進むと、やがて、葉で作られた養分が枝の方へ移動できなくなり、葉内の細胞液中に蓄積されるようになるのです。そのたまった糖分からアントシアンと言う赤い色素ができ、それと同時に寒さで葉緑素が壊され、いっそう赤が目立つようになります。これが紅葉です。
そして、もともと葉の中には黄色のカロチノイド系色素が含まれていて、寒さで葉緑素が壊されることにより、黄色が目立つようになるのが黄葉です。
葉の付け根のコルク質の離層が厚みをまして、落葉の準備をはじめるようになると、葉内の糖の蓄積はさらに増えて紅葉が加速されていきます。
春先の新緑が爽やかなら、紅葉も美しくなるようです。紅葉の条件は、樹や葉が秋の長雨にうたれず晴天が続き、秋霜が短く、朝夕の気温差が大きいこと。関東北部の山地では、気温が昼15度、夜5度、相対湿度80%、紫外線に富む強い日差しがあり、さらに葉が乾燥しないような条件が最適とされています。
紅葉がさまざまな色合いを見せるのは、こうした自然条件と樹木自身の色素を作り出す酸素の違いなど複雑にからみあった結果です。
やがて、落葉がはじまると葉を落としての冬支度です。落葉は樹木にとって翌春の活動に備える大切なセレモニーなのです。
「楽しい植物の科学」新生出版 伍井一夫著より
磐越西線
◎管轄(事業種別);東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)・日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
◎区間(営業キロ);郡山〜新津 176.3km
◎駅数;44(起終点駅を含む。うち臨時駅1、信号場2)
◎軌間;1067mm
◎電化区間;郡山〜喜多方 81.2km(交流20,000V・50Hz)
◎複線区間:なし(全線単線)
◎最高速度:95km/h
歴史
鉄道日本の開通にともない、郡山と新潟を会津経由で結ぶ鉄道の建設運動が起こった。1892年に公布された鉄道敷設法に「新潟県下新津〜福島県下若松を経て白河、本宮近傍に至る鉄道」として規定されたが、1896年1月20日、郡山〜若松〜新津を結ぶ鉄道を建設するため、岩越鉄道(がんえつてつどう)が設立された。1898年に郡山〜中山宿間が開業し、翌年には若松に、1904年には喜多方まで開業した。
1906年には、鉄道国有法により岩越鉄道は買収、国有化され、官設鉄道の岩越線(がんえつせん)となった。喜多方以遠は官設線として延長され、新津側からも信越線(信越本線)の支線として順次延長された。1914年には、野沢〜津川間が開業して全通。郡山〜新津間が岩越線となったが、1917年に平郡線が全通して磐越東線と改称されたのと同時に磐越西線と改称された。
全線駅名
郡山駅- 富田駅(仮称・開業時期未定) -喜久田駅
- 安子ヶ島駅-磐梯熱海駅
- *中山宿駅
- (沼上信号場)
- *上戸駅
- (臨)*猪苗代湖畔駅
- 関都駅-川桁駅 -猪苗代駅
-翁島駅 - (更科信号場)
- 磐梯町駅
- 東長原駅
-広田駅
-会津若松駅 - *堂島駅
- *笈川駅
- 塩川駅
- *姥堂駅
- *会津豊川駅
-喜多方駅 - 山都駅
- *荻野駅
- *尾登駅
-野沢駅 - *上野尻駅
-徳沢駅
- *豊実駅
- *日出谷駅
- *鹿瀬駅
-津川駅 - *三川駅
- 五十島駅
- *東下条駅
- *咲花駅
-馬下駅
- *猿和田駅- 五泉駅 - *北五泉駅
- 新関駅
- *東新津駅
- 新津駅(42駅)
基本的に、会津若松駅を境に運転系統が分かれる。郡山〜会津若松・喜多方間、電化区間であり、仙台車両センター所属の455系電車系電車・457系電車により運行されている。列車の大半は、郡山〜会津若松間の運転であるが、一部は喜多方まで直通する。会津若松駅構内が郡山・新津両方面から只見線に向かって線路が続く配線となっているため、会津若松駅でスイッチバックが行われ進行方向が変わる。